国内最長への挑戦 国内最長への挑戦

CHAPTER01

どんなに小さな島でも、どんなに遠くても。そこに人が暮らしている限り

沖縄県那覇市の西方約40km。
陸と海が連続して一体となった雄大な景観を有し、ケラマブルーと称される美しい海に囲まれている島々ー慶良間諸島。
2015年12月、慶良間諸島(渡嘉敷村・座間味村)における電気の安定供給を目的に、沖縄本島と渡嘉敷島を結ぶ海底ケーブルが敷設された。ケーブル全長は30.8km。送電電圧22kVでは国内最長である。
沖縄電力は、沖縄本島および37の有人離島に電気を供給している。どんなに小さな島でも、どんなに遠くてもそこに人が暮らしている限り、同じ品質、同じ料金で電気を送り届けること。それが沖縄電力の最も重要な使命である。
一方で、離島への電力供給は課題も多い。沖縄本島から離れているため燃料費や修繕費、輸送費といったコストがかさむ。その上、需要規模が小さいことから収支が不均衡となる構造となっている。そのような離島電気事業における収支不均衡を改善するため、沖縄電力ではさまざまな効率化策を実行してきた。

CHAPTER02

海への想いと島の発展を胸に奮闘する技術者たち

敷設工事は敷設ルートの設計、敷設するケーブルの選定、敷設工法の選定などさまざまな工程があるが、すべての工程で求められるのは綿密な作業計画だ。
作業はルート設計から始まった。ルート設計とは、海底ケーブルを敷設する道筋を決める作業だ。敷設海域における海底の起伏や斜面の状況を把握し、敷設の障害となる岩盤があればその部分を避けてルートを設計する。さらに慶良間諸島海域はウミガメをはじめとした多様な生態系を有し、サンゴ礁が高密度に生息している地帯が広く点在している。そのため、ルート設計は一筋縄ではいかなかった。
ルート設計を担当した社員は、「ケーブル敷設後の環境、海の生物のことを人一倍考えながら取り組んだ。」と話す。環境に配慮した最適なルートを模索する日は何日も続き、実際、敷設ルートは幾度もの修正を経て決定に至った。

敷設ルートが決まると、次は敷設工法の検討に取り掛かった。敷設海域の特徴、敷設する季節、敷設距離などによって敷設工事の難易度は大きく異なる。重要なのは敷設区間固有の状況に合った敷設工法を見極めることだ。
敷設するケーブルの長さは30.8km。これまでの敷設工事では扱ったことのない未知の長さだ。さらに敷設時期は北風の影響を受ける12月。波風が強く、潮の流れも速い。「電線を地下へ埋める地中化工事でも、これまで経験した長さはせいぜい1km。本当に海中で30kmも敷設できるのだろうか。」敷設工法を検討した社員はプレッシャーを感じずにはいられなかった。
海底ケーブルは、敷設船という海底ケーブルを敷設するための特殊な船で敷設される。敷設船を進めながらケーブルを繰り出し、海底に敷設していくのだが、どんな強風時であろうとも設計通り正確に、海底面にきっちり沿わせるように敷設することが求められる。ケーブルを海中でたるませておくと、自重でケーブルが切れる可能性があるのだ。
こうした状況を勘案し、敷設工事はDPS(自動船位保持装置)と呼ばれるシステムを搭載した敷設船を採用することにした。DPSは、敷設船に装備した4台のスラスター(プロペラ)をGPSと連動したコンピュータで自動制御することで、正確に敷設ルート上の位置を保持できる最新鋭のシステムである。これにより、強い潮流域かつ強風時での定点保持が可能となり、30.8kmの敷設ルートを安全かつ正確にたどることが可能となる。

敷設工法の検討を進めている頃、別の担当者は関係機関との協議に向けた準備に追われていた。
送配電設備の工事は、さまざまな関係者の理解、協力が前提となる。そのため関係機関との協議も重要な仕事の一つだ。協議先は多岐にわたった。すべての準備を整え協議に臨んだものの、地元関係者との協議は想定通りにはいかなかった。サンゴ礁へ与える影響等を懸念し、不安の声があがったのだ。
自らも釣り好きの担当者は、「我々も海の生物のことを考え抜いて計画をつくった。環境への配慮を説明すればわかってもらえるはずだ。自分たちが責任を持って安定供給を守っていくこと、将来にわたり島の産業や経済の発展を支えるために必要だという事を伝えれば必ず理解してくれると信じていた。」と語る。担当者は足しげく地元関係者のもとへ通い、一つひとつ不安を取り除いていった。
粘り強く説明を続け、そしてようやく地元関係者から同意を得ることができた。「同意を得た喜びを感じると同時に安定供給に対する地元の方々の期待が伝わり、電気事業者としての責任感が一層強くなった。」担当者は、当時をこう振り返る。
こうして海底ケーブルプロジェクトは地元関係者の皆さまの期待を一身に背負い、いよいよ敷設工事を待つのみとなった。
2015年12月19日。工事の実施日は、気象予報機関から入手した天候予測データ等を基に決定した。工事はこの日からわずか5日間で行われる。

CHAPTER03

気持ちを一つに

敷設工事当日、早朝。時折冷たい風が吹く中、辺りがまだ暗いうちから敷設船には配電部のメンバーおよび工事関係者の姿があった。張りつめた空気の中、これから行われる工事を前に皆、緊張した面持ちであった。

工事直前、これから敷設される海底ケーブルにお神酒をささげ、全員の気持ちを一つに工事の無事を祈願した。
工事はまず、本島側への陸揚作業から行われた。作業内容は沖合約1.5kmに停泊している敷設船からケーブルを海上に繰り出し、地上側でそのケーブルをウィンチという巨大な巻き取り機で巻き上げるというものだ。海上に繰り出したケーブルを巻き上げるだけの簡単な作業に思えるが、実際は、そうたやすいものではない。ケーブルの繰り出しよりもウィンチの巻き取りが早いと余分な張力がかかりケーブルが損傷する恐れがある。逆にウィンチの巻き取りが遅いとケーブルのたわみが大きくなり、敷設ルートに正確に沿った敷設ができない。そのため、繰り出しと巻き取りのタイミングを合わせ、ケーブルの張力を一定に保つ必要がある。まさに連携力が試される作業だ。陸揚作業は海上側と地上側で息を合わせ、ケーブルの張力を監視しながら進められた。

一方、海上ではボートで待機している海上作業員が作業を見守っていた。
陸揚作業は、ブイという浮き輪でケーブルを浮かせた状態で行われる。陸揚時にケーブルが海底の岩などに引っかかり、
損傷するのを防ぐためだ。ブイは、陸揚作業が終わると海上作業員によってケーブルから切り離される。
ここで、予想しない事態が起きた。陸揚げの途中で数か所のブイが外れてしまったのだ。このまま作業を続けるとケーブルが損傷する恐れがある。作業はただちに中断され、海上作業員が再びブイを取り付けた。陸揚作業は何度か中断を挟みながらの作業となった。

陸揚作業をなんとか終えると、やっとブイをケーブルから切り離す作業に入った。ブイとケーブルを結ぶロープを切り、ケーブルを所定の位置に沈めていく。ケーブルが長い分、取り付けているブイの数量も多い。作業には海上作業員20名以上を要し、すべてのブイを切り離した時にはすでに日が暮れ始めていた。
そしてこの日の午後6時、敷設船は翌日の日の出を待つことなく渡嘉敷島に向けて動き出した。その後、分速平均10mで敷設ルートを航行し、24時間体制で敷設作業を進めていった。こうして4日かけて渡嘉敷島の沖合まで来ると、敷設船は次の陸揚げに備え停泊した。

そして迎えた工事最終日。ここまで安定していた天候から一転、この日は風雨により大荒れだった。「天気は味方してく
れないのか。それとも我々を試しているのか。」もどかしい気持ちで天候が回復するのを待ち、工事は3時間ほど遅れて始まった。
この日の工事には最大のヤマ場が待ち受けていた。それはケーブルの切断作業だ。渡嘉敷島沖合で停泊している敷設船の位置から渡嘉敷島の陸揚箇所までの長さを計測し、その長さ分のケーブルを敷設船のターンテーブルから繰り出し、切断する。ここで計算を誤り、少しでもケーブルが短いと陸揚地まで届かなくなってしまう。失敗は決して許されない。ケーブルの切断は、現場監督の判断で行われる。
ターンテーブルからゆっくりとケーブルが繰り出されると、現場には緊張感が漂った。そこにいた誰もが固唾を呑んで作業の様子を見守っていた。現場監督はケーブルが繰り出されている間、ケーブルの長さを表示するカウンターをじっと見つめていた。やがてケーブルの繰り出しが止まり、カウンターは、繰り出したケーブルが陸揚箇所までの長さに達したことを知らせていた。現場監督はその目でカウンターを何度も確認すると、「切断をお願いします。」と静かに告げた。

切断を終えほっとしたのも束の間、工事はすぐに渡嘉敷島への陸揚作業に移った。しかし、3時間のロスは大きく、作業は終わらないまま日没を迎えた。やがて辺りは暗闇に包まれた。

CHAPTER04

使命が誇りになる瞬間

工事初日からの疲れも重なり、全員の疲労はすでにピークに達していた。それでも彼らは黙々と作業を続けた。そこには安定供給を担う者として、その責任を全うしようとする者たちのひたむきな姿があった。

そして、沖縄本島から30.8kmの道のりを5日間かけてわたってきた海底ケーブルが、これまで近いようで遠かった美しいこの島につながる時が近づいてきた。ケーブルの先端はすでに海上に繰り出されている。このケーブルを巻き上げ、陸揚箇所へ接続する時、本島と渡嘉敷島がついに1本のケーブルで結ばれる。
担当者は、はやる気持ちをおさえながらケーブルを巻き上げていった。ケーブルの先端がゆっくりと陸揚箇所であるマンホールに近づいてきた。マンホールの中には、渡嘉敷島内の変電所からつながっているケーブルが待ち構えている。
やがてマンホールの引込口に海底ケーブルが引き込まれると、マンホール内で待機していた作業員はケーブルの状態をくまなく確認した。そしてケーブルの先端をていねいに接続した。本島と渡嘉敷島が海底ケーブルで結ばれた瞬間だった。
その瞬間、そこに大きな歓声はなかった。しかし、工事に携わった一人ひとりが無事にやり終えた安堵感、国内最長を成し遂げた達成感を深く噛みしめていた。そして、この瞬間まで背負ってきた技術者としての使命は誇りへと変わった。時刻はすでに午後9時をまわっていた。

2016年3月18日、海底ケーブルは無事に運用開始の日を迎え、沖縄本島の与根変電所から渡嘉敷島へ送電が開始された。

CHAPTER05

海底から送り届ける思い

海底ケーブルの敷設から3年が過ぎた。ケーブルは敷設後、長期間にわたり使用される。
ケーブルを健全な状態で維持し、電気を安定してお届けするためには定期的なメンテナンスが不可欠だ。
安定供給は、こうした地道な作業を一つひとつ積み重ね、長い年月をかけ、つくりあげていくものなのだ。
海底に敷設されたケーブルは、地上にいる私達からはその姿を見ることはできない。しかし、深い青が広がる海底には、静かに、そして力強く存在している。今日も、そしてこれからも、電気というエネルギーと技術者たちの思いを送り届けていくために。

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