おきでんPROJECTおきでんPROJECT

八重山諸島にある日本最南端の有人離島――波照間島。ここに青空の下そびえ立つ2基の風車がある。国内の他の風車とは異なり、タワー部分はトラス構造と呼ばれる造りになっており、珍しい2枚のブレードで回る姿は独特の存在感をかもしだしている。「可倒式風車」と呼ばれるこの風車は、日本で初めて、ここ波照間島に導入された。
小さな島が舞台となる日本初の試み、離島の人々の暮らしを支えるために奮闘した電力マンたちの熱い戦いがそこにはあった。

chapter1

すべての
有人離島へ
電気を。

沖縄県は東西1,000㎞、南北400㎞におよぶ広大な海域に点在する大小160の島々で構成される島嶼県である。沖縄電力では、そのうち沖縄本島および37の有人離島に電力を供給している。
離島への電力供給を語るうえで、『ユニバーサルサービス』という言葉は欠かせない。必要とするすべての人に、同じ品質、同じ料金で電気を送り届ける。これは沖縄電力の重要な使命である。離島の電気事業は離島カンパニーという部門が管轄しており、離島の需要規模が小さいことや沖縄本島から離れていることから、本島と比べて燃料費や修繕費、輸送費といったコストがかさむことが長年の課題となっている。費用はかさむにも関わらず、電気を使う人は少ない。離島電気事業の収支は不均衡続きが現状である。それでも電気を送り続けるのは、一人でも必要とする人がいる所へ電気を届けたい、人々の生活を豊かにしたいという強い思いがあるからだ。
では、離島の収支不均衡を改善するためにはどうしたらいいのか。そこで始まったのが自然エネルギーの活用だ。風力発電である。

chapter2

自然
エネルギーの
可能性。

風力発電とは、読んで字のごとく、風の力を利用して発電する方法のことである。風車のブレードと呼ばれる羽根の部分が風によって回転し、発電機を回すことで電気が作られる。自然の風を利用するため、発電コストを低減することができ、また、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を排出しないことから環境にも優しい。沖縄電力においても20年以上も前からいくつかの離島へ風力発電設備を導入してきた。
しかし、一見良いことづくしのようにも思われる風力発電だが、実は沖縄の特徴とも言えるあるものとずっと戦ってきた。台風である。沖縄は台風常襲地域であることから、これまでいくつもの風車が強風によって損傷・倒壊されてきた。大型重機による高所での作業となるため、重機の輸送やリース費等で修繕には多大な費用と時間がかかる。以前、与那国島の風車のブレードの取り替え作業をした際も、重機の輸送やリース費で多額の費用負担がのしかかった。
台風への対応は長年の課題であり、強風に耐えるため風車の基礎を大きくし、また、タワー部分の材料を厚く、厚く。いかに頑丈な作りにするかという議論が続けられていた。しかし、台風による被害はさらに続き、採算の取れない事態となったことから、一時、沖縄電力が保有する離島の風力発電設備は、風況の良い与那国島を除いて、全て廃止を検討するまで追い込まれた。
「やはり沖縄のような小さな離島では風車は厳しいのか。」
そういう雰囲気が社内に漂い始めていた。

chapter3

「耐える」から
「避ける」へ。

風車の写真

そんな折、一人の担当者がふと思い出した。数年前に海外のベンチャー企業とした立ち話。その企業は風車を扱っており、規模は小さいが強風時に倒せる風車があるのだと話していた。当時、沖縄電力は蓄電池などを用いて風車からの発電出力を平滑に制御する「風力発電ハイブリッドシステム」と呼ばれる新しいシステムの導入に力を注いでおり、風車を倒すなんて発想は突拍子もないものだと、流し聞きする程度であった。
頭の片隅に追いやられていた記憶をどうにかたどり、やっとのことで見つけ出した倒せる風車。後に、離島カンパニーで「可倒式風車」と名づけられることになる風車である。これは、タワー部分を90度近く地面へ倒すことができ、台風等の強風前に倒すことで、強風による損傷被害を低減できるというものであった。これまでの強風に耐えることのできる頑丈な風車をつくるという発想から、強風に耐えるのではなく、強風を避けるという新たな発想への転換である。実際に海外ではすでに運転している。
「これなら台風の多い沖縄でも風力発電がうまくできるかもしれない。」
すぐさまその企業にコンタクトを取り、正式にプレゼンを依頼した。この時、同じく風力発電に携わり、新エネルギーに力を入れている沖縄電力のグループ企業も一緒にプレゼンを聞くこととなった。

「支線で支えているこんな風車、日本の基準では建てられない。無理だ。」
そう周りは言った。
だが、その担当者は諦めきれなかった。聞きたいのは基準どうこうじゃない、沖縄で使えるかどうかだ。
思い立って、実際に可倒式風車が導入されているというニューカレドニアへ飛んだ。
実物を見て驚いた。伏して台風の経過を待つという新しい発想もそうだが、構造が簡素になったことで建設に大型クレーンが必要ないため、これまで建設できないと思われていた丘陵地にも建てることができるのだ。
「使える。」
「あとは、これをどうやって日本に導入するかだ。」
ここから、日本初への挑戦が始まった。

可倒式風車

chapter4

日本初への
挑戦。

可倒式風車導入を目指し、離島カンパニー内で建設部門のある離島事業部にワーキンググループが設置された。そう簡単には進まないことは分かっている。しかし、プレッシャーや不安よりも、日本初の試みに携われることが嬉しかった。
メンバーがまず取り組んだのは可倒式風車を知ること。可倒式風車はフランスのベルニエ社という会社が唯一製造をしている。この風車は一般的なものと異なり、ブレードは2枚。タワーの部分を4本の支線ワイヤーで支えている。タワー下部の油圧ウィンチと呼ばれる部分を駆動させることで、傾倒が可能となる。強風に耐える必要が無いため、構造は驚くほど簡素である。

風車の写真

導入にあたっての一番の問題は、国内の建築基準への適合を確認することだった。また「発電用風力設備に関する技術基準」によると、「風車を支持する工作物は構造上安全でなければならない」という規定があるが、それは同基準の解釈では「風車を支持する工作物は支線を用いてその強度を分担させないこと」との記述があった。つまり、ワイヤー等の支線で支える構造の風車は認められていなかったのである。可倒式風車は4本の支線ワイヤーで支えられている。最初に周りが無理だと言ったのはこういう事だった。
「省令は支持物それ自体で十分な強度を有するように設計すべきことを規定しており、省令に適合するよう、その安全性について確認が十分とれれば問題ないはずだ。」
解釈に対してどう説明できるかにかかっていた。何回も県外の関係機関へ足を運び、協議を行った。
「そもそも他の風車は、あくまでも強風に『耐えられる』ことを前提にしているため、強度について厳しい判断が必要となっているのだ。この可倒式風車は台風時には伏して過ぎるのを待つため、他の支線を有する風車とは異なる。」
「万が一支線が切れてしまった場合を想定し、用地を広めに確保し、安全柵を設け、安全確保についてもぬかりはない。」
調整の中で挙がった指摘に対しては、一旦持ち帰り、県内で再度検討を重ねた。風速についての指摘を受け、沖縄気象台へ行き、過去十年分ものデータを調べたこともあった。その一つひとつの積み重ねが、可倒式風車導入実現までの階段のようだった。
そして数ヶ月に及ぶ調整の後、ついに可倒式風車の技術基準への適合性が認められた。それは沖縄電力のこの型のみ認めるという限定的なものであった。

風車の写真

国内での調整と並行して、フランスメーカーとの調整も進められた。EU規格で製作されたメーカー標準品では日本の建築基準を満たさないため、国内規格に合うよう部材変更を念頭に設計変更を行うこととなった。そのためには、タワーを日本国内で製作することに対してメーカーの承諾を得なければならず、また、製作のための技術資料も提供してもらう必要があった。言葉の壁や時差だけでなく、価値観や建築基準の違いもあり、交渉は難航を極めた。こちらの要求に対し、メーカー側は「なぜ?」から始まる。日本の建築基準は厳しいものであることをメーカー側へ何度も何度も説明した。
英語の資料を日本語に訳し、検討する。そして再度英語で資料を作成し、メーカーへ送付する。その繰り返しだった。もちろん現地へも何回も訪れたが、時には緊急性を要することもあり、夜中からインターネット電話を通してやり取りすることもあった。
最初は渋っていたメーカー側も、話し合いを重ねることで熱意が通じ、やっとのことでメーカーとの交渉が妥結した時には、交渉を始めてから8ヶ月が経っていた。

「よし、初号機は波照間島に導入しよう。」
建設地に有人離島として日本最南端の波照間島に光が当たった。風況が良く、風車を建てるだけの広大な建設地が確保できる。
導入にあたっては地元住民の理解と協力が得られなければならない。地元での説明会を開催し、しっかりと説明を行った。風車の安全性を訴え、住民の生活に支障をきたすことのないよう十分な検討を行っていることを熱心に伝えた。最初の段階から大きな反対はなかったものの、建設中も説明会を開催し、進捗状況の報告や問題の有無を慎重に確認した。

chapter5

情熱のチカラ。

平成21年9月――波照間島での建設工事が始まった。部材の設計、建設に関してはグループ会社にも協力を仰ぎ、グループ一丸となってこのビッグプロジェクトに取り組んだ。可倒式風車は地上で風車を組み立てて完成後に起こすため、建設に大型クレーンが必要ない。また、建設段階で不具合が見つかった場合でも、地上での補修が可能であるため、問題が見つかってもすぐに対処ができる。必ずしも順風満帆とはいかなかったが、着実に工程を進めていった。

そして、同年12月、ついに日本初となる可倒式風車が運転を開始した。高さ38m、ブレード直径32mの大きな風車が2基、波照間島で回り始めた。
「ようやく動いてくれたか。」
相当な達成感がメンバーの心を満たした。ブレードの風を切る音、風の勢い、振動を全身で感じた。長い時間かけて自分たちが手がけていたものがこうやって形になることの喜びは、導入までの苦労を思うとより一層である。当初、多くが無理だと感じた風車。熱い想いと強い使命感があれば、自ら境地を開くことができる。この瞬間、沖縄電力、さらには沖縄の風力発電の可能性が大きく飛躍したのだった。

風車の写真

chapter6

さらなる
可能性を
追い求めて。

波照間島への初導入から約5年が経った現在までに、南大東島に2基(平成23年2月運開)、粟国島に1基(平成26年6月運開)、多良間島に1基(平成27年10月運開)の可倒式風車が導入されている。
これまで大きな損傷被害はなく、メンテナンスも地上レベルで出来るため、修繕費の削減に大きく貢献している。発電能力に対する実際の発電量は太陽光発電を上回り、波照間島では島の電力の約20%、南大東島では約10%の電力をまかなっている。また、粟国島では年間の発電量が約44万kWh、120世帯分の電力を供給することが可能となり、環境にやさしい風力発電で島全体の約4分の1の電力をカバーしている。
新たな導入の度にタワー部分の軽量化や基礎形状の変更など少しずつ改良も重ね、より良い運用や効果、コスト削減を求め、日々研究は進んでいる。

現在、沖縄と同様に強風被害の多い太平洋の島嶼国にも可倒式風車を普及させる国際協力機構(JICA)の海外事業への協力・支援も動き出している。

新しい視点で見つめ、考え抜かれた風車は、今日も離島の人々に電気を作り続けている。可倒式風車のさらなる可能性は、沖縄の未来につながっていくだろう。